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なぜ経歴詐称で労働契約を解除できないか

一、事実経緯

 2007年10月、S国にある会社の上海駐在員事務所(以下、A所という)は楊某(以下、楊氏という)を2007年11月から、上級アナリストとして招聘し、年俸65万元(月給5万元、年末賞与2か月分の給与)を支払う旨約束した後、楊氏は市人材派遣会社(以下、B社という)との間で2008年1月1日から2010年1月1日までA所へ派遣する旨の労働契約を締結した。

 2009年1月9日、A所は楊氏の経歴詐称を理由に楊氏をB社に戻した。2009年1月12日、B社は楊氏の経歴詐称という重大な紀律違反を理由として「労働契約解除通知書」を楊氏に出した。

 楊氏は、B社の出した「労働契約解除通知書」が法に合わず、事実無根であり、本件は労働契約の違法解除に該当し、法によって撤回すべきと考えた。2009年1月22日、2月24日に、楊氏は、A所及びB社宛それぞれ«「労働契約解除通知書」を撤回、出勤を要求する通告書»、及び「仕事を求める旨の督促通告書」を発送した。

 また、楊氏は、A所及びB社を相手に労働仲裁を起こし、①2009年1月12日に出した「労働契約解除通知書」を撤回し、契約期限満了まで契約を履行すること、②毎月5万元を2009年1月1日から裁決、判決発効までの給与及び25%の経済補償金を支払うこと、③2008年度年末賞与2か月分給与及び25%の経済補償金に相当する12,500元を支払うこと、④2008年1月1日から同年12月31日までの平日残業代51,724元及び法定祝日残業代13,793元を支払うことについて、すべてA所及びB社が連帯責任を取るよう求めた。

二、裁決の旨

 仲裁委員会は受理後、開廷し、B社より提出された楊氏離職声明、労務派遣協議、契約解除通知返送状など6点の証拠及び、A所より呈示された人材紹介会社の証明書、楊氏の元就職先3社の証明書、電子メールの公証書など23点の証拠を確かめ、楊氏の主張、A所及びB社の答弁を聞いた上、①B社に本裁決発効した日より5日以内に「労働契約解除通知書」の撤回、労働契約の継続履行、②A所に本裁決発効日より5日以内に2009年1月13日から同年5月31日までの給料232,184元及び25%の経済補償金58,046元の支払、遅延支払の2008年年末賞与の25%経済補償金12,500元、並びに2008年法定祝日残業代13,793元の支払を命じた一方、楊氏のその他の請求を退けた。

三、一審判決の旨

 A所及びB社は、裁決を不服とし、裁判所に提訴したが、一審の判決は仲裁委員会の裁決を維持した。

四、二審和解の旨

 A所及びB社は、一審の判決を不服とし、控訴したが、裁判官の調停下で、①B社は楊氏との労働契約は2009年12月31日で終了すること、②B社及びA所は和解書送達日より50日以内に楊氏に給与、経済補償金及び他の費用合計で人民幣88万元(税引前)を支払うこと、③当事者三者がその他の紛争がないとの和解に達した。

五、コメント

1、本案のB社、及びA所は楊氏とそれぞれ労働関係、労務関係にあり、B社はA所と商事契約関係にある。A所は労働契約の当事者でなく、「労務派遣協議」によって楊氏をB社に戻す処理を行う。B社は「労働契約」、「労働手帳」によって「労働契約解除通知書」を発行し、またはB社は楊氏と協議し労働契約を解除する。つまり、「労働契約解除通知書」はB社しかその会社名義で楊氏に発行できない。

2、本案のB社及びA所の最大な敗因としては楊氏の重大な紀律違反行為、すなわち経歴詐称の行為が存在していることを充分に証明できていないことが挙げられる。

 A所は裁判所に楊氏本人自筆の入社書類、履歴書を提出できなかった。人材紹介会社が提出した履歴書も、他人が人材紹介会社に推薦した際供用した履歴書であり、楊氏本人が提供した書類ではない。楊氏本人の自筆した履歴書類がないので、楊氏がA所に詐称履歴を提供したと判定できない。

 本案のA所が呈示した、楊氏の経歴履歴の証拠は楊氏がA所パソコンを操作し、A所のアドレスから送信した「工員個人情報登記表」の電子メールについて、公証人立会いのもと楊氏の名称及び暗証番号で登録し、その発信メールボックスから印刷された正文及び添付書類、並びにその経過に対する公証を施したが、仲裁委員会及び裁判所は、かかるメールボックスはB社が管理して、いつでも楊氏のメールを閲覧できる状況下で、機密性及び専属制を有せず、たとえ、楊氏のメールボックスであっても、楊氏のメールボックスからメールを発信した操作は楊氏が実施したと断定できないと認識した。

 A所は楊氏の提供した履歴書が事実と合致しないと調べて分かったが、A所は楊氏本人自筆の入社登記書類又は履歴書を持っておらず、その際には、楊氏に入社登記書類または履歴書を自筆で書かせて、その証拠を確保しなければならない。

3、労働契約法発効後、多くの経営者は経済保証金の2倍に当たる賠償金を支払えば、強制的に労働契約を解除できるという意識に陥っている。実際に解雇するにあたっては、解雇の有因化を採用し、労働契約法に定めた事実及び法律根拠に合致しなければならない。本案のA所及びB社の得た教訓は深刻なものである。