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西部大開発の内陸都市を行く①(成都市レポート)

はじめに

 「西部大開発」という言葉をご存じの方は多いかと思いますが、これは2000年3月に中国人民代表大会で正式決定された開発政策と経済動向であり、「西電東送」「南水北調」「西気東輸」「青蔵鉄道」の4つを目玉とした大プロジェクトです。すなわち、西で作った電気を東へ移送する、南の豊富な水を北に送る、西の天然ガスを東へ輸送する、チベット鉄道による欧州との物流であり、開発戦略の第1段階(2000年~2010年)はインフラなどの基盤整備、第2段階(2010年~2030年)は投資環境の整備や産業育成、科学教育の発展といわれています。そして、その重点都市とされているのが「西安」「成都」「重慶」と言えます。なかでも重慶は中央政府の直轄市でもあり、西部大開発の牽引役として注目されています。
今回は春節中に訪れた成都と重慶を2回に分けてレポートいたします。

成都市の概要

 成都は上海から西へ約1,500㎞、飛行機で約3時間を要し、上海⇔東京間とほぼ変わりません。人口1,287万人、面積は12,390k㎡で東京の約5.6倍で、四川省の政治、経済、文化、教育の中心都市となっています。最近では国際ハイテク企業が次々と進出しており、米GEが同社としては世界初となるイノベーションセンターを設立するなど、2010年末の時点で世界の売り上げ上位500社のうち189社の企業が進出しているとも言われ、外国企業から注目されている都市でもあります。実際、郊外にはハイテク開発エリアが四方に広がっており巨大な投資環境が整っています。一方で、歴史的には三国時代の蜀の都であったことや、詩聖として名高い杜甫が4年あまり滞在したことでも有名で、中心部の街並みは歴史を感じさせる趣が漂っており歴史的遺産も豊富でした。

 内陸都市のマクロ経済指標を見てみると、総じて成長率の高さが窺えますが、成都は一人当たりのGDPや可処分所得、消費品小売額においてトップ水準を誇っており、内陸都市随一の消費市場としても脚光を浴びています。

成都の街並みと成都人

  成都の中心部は天府広場を中心に東西南北に人民路が延び、またその周りを囲むように一環路、二環路、三環路の幹線道路が通っているため方向感覚がつかみ易く、比較的楽に移動できます。更に2010年9月に中国西部地区で初めて開通した地下鉄1号線が市内を南北に結び、現在東西に延びる2号線が工事中です。実際地下鉄を利用してみましたが、開通して間もないせいか切符の買い方、改札の通過方法、地上出口への方向に不慣れな人が多く右往左往する姿が見受けられました。市内には高層ビルが林立し、世界の高級ブランド店も数多く店舗展開しており、上海の繁華街と見間違えるほどでした。

 また、西部地域で最大規模の国際モーターショーが開催される都市とあって自家用車保有率も中国で3位と自動車需要が非常に大きく、空港から中心部へ向かう道路沿いには国産や外資系の自動車ディーラーが軒を並べていました。街中を走行している自動車を観察してみると、国産と日系の中小型車が多くみられ、意外にもベンツやBMWといった高級車はあまり見かけませんでした。成都人は車を買う際、ブランドや面子よりも便利さと楽しみを享受することを重視するそうで、そのため経済的に身の丈に合った中小型車を購入する人が多いのかも知れません。

 街を歩く人々は、上海人に比べるとのんびりしているように見え、いたるところに「茶坊」があり「ゆっくりと余暇を過ごすのが好きな成都人」という印象を受けました。2010年10月に中国の調査会社が発表した「住みやすい中国の都市ランキング」で成都が3位にランキングされましたが、余暇を過ごす環境が豊かという理由からのようです。

盛況な消費市場の実態

 成都の消費市場の優位性は高く旺盛な消費意欲があることは知識としてありましたが、「百聞は一見にしかず」と言いますように、中心部の繁華街の賑わいは上海を上回るものを感じました。市内随一の繁華街と言われている春熙路とその周辺は、王府井、太平洋、百盛、仁和春店、群広、伊勢丹、イトーヨーカ堂などの百貨店のほか、中規模小売店や飲食店・娯楽施設がひしめきあっており、ハイクラスからロークラスが混在する一大商業エリアでした。

 成都は北京、上海、深センなどに続く中国でも有数の高級ブランド品の消費市場で、世界的に有名なブランド店が殆ど出店しており、まるで上海の南京西路のようでした。中流層向けの百貨店で販売しているローカル衣料品の価格は、例えばコート3,000~7,000元(約38,000~88,000円)、ブラウス・セーター600~1,000元(約7,500~12,500円)と日本の相場と殆ど変らず、しかも夜9時頃になってもまるで日本のバーゲンセール開始時のような賑わいを見せており、旺盛な消費意欲には驚かされるばかりでした。

 上海市ほどではないにしても日本製品に対する認識は高まっており、日系デパートの地下食品売り場では寿司や天ぷらを買い求める客で溢れていました。日本製品にとっても今後の宣伝広告次第では更に可能性を秘めた市場に感じられました。こうしたことは重慶では見られなかった光景でした。

次回は、重慶市のレポートを掲載し、今後の内陸都市の行方を考察してみたいと思います。 

本稿は、財団法人茨城県中小企業振興公社機関誌「Wing21(2010年3月号)」に寄稿したものです。