労災の示談書は有効か
一.事実経緯
2009年2月、ある建築会社(以下、A社という)の従業員だったB氏は建物の足場を取り外した際に転倒し、安全ベルトを締めていなかったため、10メートルの高所から転落し、重傷を負った。A社はB氏の医療費用を支払った後、その家族と示談書を結び、B氏に補償金として1万2,000元を一括で支払い、その後は双方争わないと約した。その後、B氏とその家族はA社が支払った補償金が少な過ぎ、その労災による損害を補うことはできないことを理由に、地元の人力資源社会保障行政部門(以下、人社部門という)に労災認定と労働能力鑑定を申し立てた。
調査の結果、人社部門はB氏の労災等級を五級と認定した。A社とB氏は人社部門の労災認定については異議はなかったが、A社は双方が労災賠償については既に合意に達しているとし、B氏に労災賠償金を再度支払うことを拒絶した。
B氏はこれを不服とし、地元の労働人事争議仲裁委員会に仲裁を申し立て、A社に対し、双方の労働関係を解除し、相応の労災待遇を支払うよう請求した。
二.仲裁裁決
仲裁委員会はA社に対し、B氏の労災等級に応じて国家及び地元の保険規定に基づいて3万5,000元を支払うよう命じた。
三.コメント
本案争点:労災の示談書は法的な効力を有するかどうか
1.「示談」とは、人社部門の確認を経ず双方協議の形で労働者の労災問題を解決することを指す。法的観点から言えば、労災発生後、従業員が人社部門の確認の上得た賠償金は労災保険賠償の範疇に属する。「示談」の場合、雇用者と労働者が民事主体の双方として負傷について自ら協議の上解決したことによって労働者が得た賠償は民事賠償に属する。
2.労災賠償は無過失補償の原則を採用し、国は法的に強制的な手段で労災保険制度を実行することにより、雇用者の責任回避の防止を目的とし、従業員の労災保険保障を確保するものである。
(1)労災発生後、雇用者が主管部門にも報告せず、人社部門にも労災認定を申請しない場合、従業員との協議は無効とする。労災の「示談」は事実の隠ぺいに属し、人社部門の監督を逃れるための対応であるため、国の労働安全制度を破り、労働者の健康権利を損害し、法の強制的規定と禁止規定に抵触し、「契約法」第52条第5項に基づき、当該示談書は締結時に遡って無効とする。
(2)労災発生後、雇用者が直ちに主管行政部門に報告し、労災認定手続を行う場合、労働者との協議の上締結した契約は有効とする。「労働争議調解仲裁法」第4条に基づき、労働争議発生後、労働者は雇用者と協議を行うことができ、労働組合又は第三者の斡旋の上、雇用者と和解協議を締結することができる。
(3)労災発生後、雇用者が直ちに主管行政部門に報告し、労災認定手続を行う上で、労働者との示談は有効とする。それは双方当事者の意思自治原則を体現し、仲裁或いは訴訟を省いて、社会資源を節約できる。
(4)労災発生後、雇用者が直ちに主管部門に連絡し、且つ労災認定を行い、賠償協議に達したが、その賠償額が法定賠償待遇を下回った場合、その協議については、変更又は取消を請求することができ、当該協議を変更又は取消することができる。最高裁の「労働争議案件審理における法律適用の若干問題に関する解釈」第20条に基づき、労働報酬、養老金、医療費用と労災保険待遇、経済賠償金及びその他関連費用等の請求案件に対して、その給付金額が適当でない場合、裁判所はそれを変更することができる。
3.労災賠償は、通常の民事争議賠償と異なり、強制的なものとして国の関連規定によって制約されるものである。雇用者であれ、労働者であれ、一旦労災事故が起きた場合、双方の間で決して示談してはならない。示談は一時の憂いを解決することしかできず、一見、直ちに問題を解決したように見えるが、その後に大きな問題を抱えることになる。
※本稿は、当事務所でアドバイザー契約をしている董弁護士の事務所で発行されている記事を一部加筆修正したものです。